長野市の遊歩道ガイド 04 葛山遊歩道

The foot path guide of Nagano City

7. 葛山遊歩道

善光寺の西方哀れな伝説のある葛山。

市街地から近く4か所の変化に富んだコースを登ると,南に裾花川をへだてて旭山と向かい合うコースです。

山頂からの眺望は美しいものです。

〔順路〕新諏訪町~頼朝山~葛山・静松寺~葛山・荒安~笹峰~葛山・往生寺~郷路山~葛山
〔交通〕 川中島バス 県道戸隠行・鬼無里行は裾花温泉前横棚下車、バードライン戸隠行は荒安入口下車

◇葛山城
標高812mの葛山が城址。城主落合備中守は村上義清に従い上杉謙信に属しており、城は上杉方の重要な前進基地でした。
 北信濃を掌中に収めんとする武田信玄は、弘治3年(1557年)2月越後は雪まだ深く上杉軍が出陣できない時期を見はからい、部将馬場美濃守に命じ1万7千余人をもって当城を攻撃しました。攻防戦は激しく展開し、城兵は走りなれた峰の堅塁をよく守り、疲れる色なく武田勢は進撃の手がかりに悩み攻めあぐねた形でした。
 城は水が不自由でしたが、城兵は敵の目にふれる崖から米を落し、水は充分にあるかの如く見せかけました。武田方は葛山中腹にある静松寺の僧を責め、攻城の道を問い、水利の便がよくないことを聞き、風上にまわって方々から火を放ちましたl。得意の火攻めは春先の風にあおられて火勢はたちまち山を包み葛山城の防塁は燃えあがる炎の中でくずれ落ち、2月15日城は遂に落城しました。
 悲惨な落城のため哀れをきわめたのは、城内で逃げ場を失った女たちで城主の落合備中守が討死するのをみると、多くの女達が峰の上から身を投げて死にました。
 姫谷という名で呼ばれる谷の底からは、のちの世まで女の悲鳴が聞えたものだと伝えられています。

頼朝山

 頼朝山は八幡山とも言われ山頂の八幡宮(昭和13年焼失)は静松寺の鎮守社です。弘化年間の頃は、松代(海津)8代城主真田幸貫公の鬼門除の守護社として祭祀されたので、鎮護峰とも云われていますが、源頼朝公寄進の山であり静松寺の山号に因み頼朝山と呼ぱれています。

◇国指定史跡名勝天然記念物

天然記念物昭10.12.24素桜神社の神代ザクラ素桜神杜芋井 泉平 素桜